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AC/DC

昨年のオリンピックはオーストラリアで開催された。日本は人口がオーストラリアの7倍くらいあるのではないだろうか(1991年時点でオーストラリアの人口は1700万人)。しかし、オリンピックの開催回数は、日本が東京の1回のみであるのに対して、オーストラリアは2回である。不公平であるような気がする。もっともオーストラリアの人は、国土は20倍だ、というかもしれない。ごもっとも。
18世紀の終わりに、イギリスのクック船長がオーストラリアの東海岸に到達、そしてオーストラリアはイギリス領であると宣言(「ピーターパン」のフック船長はたぶん、この人にちなんでいる)。その後、流刑植民地となったが、19世紀に金が発見され飛躍的に人口が増える。
さて、オーストラリアでもっとも成功したバンドであり、世界最高のロックバンドの一つ(論理的にこの表現はおかしいと思うが、英語ではよく使う)が、AC/DCである。「AC」とは電流の交流のことであり、「DC」とは直流のことである。ロックバンドと電流は切っても切れない関係であり(音を最大にするために電流が必要)、「交流」と「直流」という本来、まったく別のもの、つまり、嗜好の異なる世界中の様々なロックファンに受け入れられたいという願い、そういったものをバンド名に詰め込んで、AC/DCはオーストラリアで産声を上げる。その後、イギリスに渡り、愚直なまでにハード・ロックを演奏すること貫き、ついに世界で最高のロックバンドの一つに上り詰めた。
今日、私はこのAC/DCのコンサートに行った。横浜アリーナである。
ハード・ロックの特徴は、エレクトリック・ギターにある。ギター・ヒーローという言葉が、ハード・ロックには、存在する。つまりボーカリストより、ギタリストの方が人気を集めるバンドというものが存在するのだ。AC/DCは、正にギター・ロックの典型である。そのリード・ギタリスト、名前をアンガス・ヤングという。非常に小柄で子供のような体型、しかし、彼はそれを逆手にとって、あえて子供のような、半ズボンにジャケットを着るというスクールボーイルックでステージに上がる(ランドセルを背負っていることもあった)。見るからに貧相な細い足をむき出しにして彼はステージ上を駆け回り、ギターをかきむしる。
そして、バンドのもう一つの核であるボーカルのブライアン・ジョンソン。見た目はただのおじさんだ(ハゲを隠すために帽子をかぶっている)。お世辞にも美声とはいえない。彼はバンドの中心がアンガス・ヤングであるということを分かっている。歌うときは、ステージを縦横無尽に歩き回るが、ギター・ソロの時は、ステージの左奥にいき、黙ってリズムを取っている。
そして、リズム隊である。中央にドラム・セットが置かれ、その左にサイド・ギター、右にベース。派手ではない、堅実な演奏だ。サイド・ギターとベースは普段はステージの奥にいて、コーラスの時だけ、マイクのところまで出てきて歌う。終わるとすぐに奥に戻って、黙々と演奏をする。この安定感があるからこそ、フロントの2人が動き回れるのだ。
彼らが日本に来るのは19年ぶりだという。私は彼らのアルバムを3枚ほど持っているだけの、ファンとは呼べない人間であるが、AC/DCが人気のあるバンドでありながら、日本になかなか来ないことを知っていたので、あえてコンサート会場に足を向けた。いってよかった。半分以上は知らない曲であったが、非常に楽しめた。彼らの曲は単純だ。このように曲が進行したら、次はこう展開するだろう、と予想しても、そうはならない。あくまでも単純に進む。それがいいのかもしれない。理屈抜きに楽しめる、正にそういうコンサートであった。
彼らが今まで日本に来なかったのは、海外では使用することのできるセットが、日本では使用できなかったかららしい。やるからには最高の状態でやる。そういうプロ魂が彼らにはある。そして彼らと同様、日本側のスタッフにも、是非、日本で海外と同じ状態のコンサートをやりたい、という意志があったのだろう。アンガスの巨大な像、へんてこな風船人形、大きなベル、火柱、大砲。海外でのコンサートと同じセットであった。今回、関東での公演は東京ではなく、横浜アリーナであった。おそらく、武道館、代々木など、東京の会場では、火薬の使用許可が出なかったのだろう。集客のことを考えれば、東京の方がいいに決まっている。そこをあえて、横浜でやったところに、スタッフの意志を感じるのだ。
AC/DCのメンバーとコンサートのスタッフに感謝したい。今回の様子はレポートにも書いた。

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[2001-02-19]

音楽