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本当に死んでいるのか

「吾輩は猫である」の主人公は苦沙弥先生なのか、猫なのか。まあ、苦沙弥先生であろう。それは、この話はすべて猫の視点から猫の一人称により描かれているからである。
猫は最後、ビールによって死ぬことになっている。あの分厚い「吾輩は猫である」のラストは次の通りである。実は、私はこの本に何度か挑戦したが、結局、最後までたどり着くことはできず、途中をつまみ読みして、ラストシーンだけ読んでいる。

次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しない。どこにどうしていても差支えはない。ただ楽である。否楽そのものすらも感じ得ない。日月を切り落し、天地を粉韲して不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。

これで終わり。これ、死んだって、誰がいいきれる?だって、誰だって自分が死ぬ瞬間の日記を書くことはできないではないか。
「明日のジョー」だって、最後、「死んだ」とははっきり書かれていない。

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[2001-03-18]

豆知識