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自動車2題

夕方、車で走っていると前方の道に何かが落ちている。女の子であった。近くにいた車がいかにも慌てた様子で道の端に停まろうとしている。どうやらその車が女の子をはねたらしい。自転車が転がっていた。急いで車の番号を覚えた。
私も車を停め、降りる。はねた男はおじさんで「携帯電話を持っているか」と私に訊く。私は持っていない。おじさんは冷静なんだか何なんだか分からない状態で「轢いちゃったかと思ったよ」などと言っている。「轢いちゃったんだろうよ」と思ったが、轢いちゃったのとはねちゃったのは違うのだということに気付いた。
女の子は倒れているが意識はある。しかし、名前を訊いても住所を訊いても、この近くに住んでいるのか、と訊いても答えない。仕方なかろう。それでも道の真ん中に寝ころんでおり、走ってきた車にまたはねられてもまずいので、私は近くに立って走ってきた車を誘導していた。
団地の端であるので人通りは少ないが、それでも何人かが寄ってきて、携帯電話を持っている人が救急車を呼んだ。どうやら落ち着いたようなので、その場を離れた。


夜、首都高速の右車線を時速100キロを超える速度で走っていた。すると後ろを走っていた車がパッシングをする。つまりライトを点滅させて「追い抜くぞ」という意思表示である。あるいは「追い抜くからどけ」という意味である。高速道路では左側を走行するのが普通で、右を走る場合は追い抜く場合である。しかし首都高速ではそのようなルールはない。右から合流したり、分岐したり、道が複雑だからだ。だから首都高速でパッシングをする田舎者はいない。前の車が遅いと思えば車線を変えて追い抜けばいい話である。
しかもあと少しで料金所である。無理に追い抜いてもすぐに追いつかれるような位置である。このようなところで追い抜きをかける必要はない。
しかしこの車は私を無理矢理抜いて私の前に出た。当然、料金所では私に追いつかれていた。
そしてなんとこの車、首都高速の料金所で一万円札で支払いをしている。よほどの田舎者でなければこのようなミスは犯さない。700円を払うことが分かり切っているのである。少なくとも千円札を用意しているのが通常の感覚である。
その車のナンバープレートを見ると「尾張」と書いてある。田舎者であった。

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[2003-10-19]

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