ボブ・サップ

そろそろ子供にクリスマスプレゼントを買おうと思い、船橋のららぽーとに行った。11時半頃に着いた。ららぽーとはショッピングセンターであるからかなり広い。当てもなくぶらぶらと歩いていた。気が付くと男に呼び止められて「ボブ・サップのイベントがあるから参加しませんか。ボブ・サップ、大きいですよ」と誘われた。そりゃ大きいだろう。「今、配っている整理券を持っていると、午後3時の会に参加できます」という。どうやら今日、ボブ・サップがららぽーとにやってきて、何やらイベントをやるらしい。今から3時間以上も待つのはいやだったので断ろうとすると、妻が「整理券、もらっておこうよ」というのでもらっておいた。
本屋に行ったりトイザらスに行ったりして、気が付くと午後2時であった。今から昼食を摂っているとすぐに3時になってしまう。「ああ、これで整理券をもらっていなかったら、後悔しただろうな」などと言いながら、3時前にイベントの会場に行く。
イベント会場は「ボブ・サップ、来たる」などと書いていないので偽物が来るのではないかと疑ったが、どうやら混乱を避けるためらしい。整理券を見せて中に入る。
200人くらいだろうか。すでに会場はほぼ埋まっていて、整理券を見せるとスタッフが席に案内してくれる。何と席は指定席なのだ。
席に座って待っていると、ステージに妙に元気な女性司会者が現れて前説を始めた。写真はいいがビデオはダメとか、ボブ・サップに触るなとか、いろいろ話している。私は今ひとつ乗り気でない。今年の大晦日にボブ・サップは曙と試合をすることになっているが、私は曙を応援するつもりでいるのだ。
そのうち会場が暗くなり「ツァラトゥストラはかく語りき」という音楽が流れた。確かリヒャルト・シュトラウスの交響詩作品30である。すると会場の後ろのドアから大きな男が現れた。でかい。とにかくでかい。背も高いが幅もでかい。例の音楽に合わせてガウンを脱ぎ捨てるというパフォーマンス。中からサンタクロースの格好をしたボブ・サップが現れた。これを私は5メートルほど離れたところから見た。
ステージに上がったボブ・サップとさっきの元気な女性司会者が会話をして、そのうちビンゴ大会になった。私は自分のカードに穴を開けながら、娘が自分のカードの穴を開けるのを手伝っていた。気が付くと娘のカードがリーチとなっていた。しかし、いたずらをして勝手に穴を開けている可能性がある。だってまだ数字が読めないのだから。「勝手に開けてないよね」と聞いても要領を得ない。そして次に読み上げられた数字で、娘のカードがビンゴ。私はすかさず「ビンゴ」と叫んでしまった。何と2番目のビンゴである。そして、娘を抱いてステージへ。娘が勝手に穴を開けていたら大恥をかく。カードを渡すと、憎らしいことにスタッフが、ちゃんとビンゴかどうか確認している。そして小声で司会者に「ビンゴです」と報告している。よかった、本当にビンゴだった。そして、次に抽選箱の中のくじを引く。これで景品が決まる。ボブ・サップのクッションだった。他の景品はボブ・サップ・フィギュアとかGショックとか、そんなものだから、もっとも安い景品である。それでも当たればよしである。このとき、やっとボブ・サップを見る余裕ができた。緊張して「曙なんかやっつけろ」などという決まり文句が出てこなかったが、忘れずに握手だけはしてもらった。恐ろしくでかい手であった。有名人と握手したのは生まれて初めてだし、身長2メートルの人間と握手したのも初めてである。景品がしょぼくても握手できたのだから大満足である。
さて、約1時間でイベントは終わったのだが、こんなにこそこそとイベントを開催する意味は何なのだろう。ボブ・サップはよくテレビに出て練習などする時間がないと常々思っていたが、テレビに出る以外にこんなイベントにも参加しているのだから絶対に練習なんかしていない。それが分かったことも私を満足させた。帰りにシールをもらった。
取材:2003年12月13日
レポート | comments (0) | trackbacks (0)

中島みゆきのコンサート

一般的にコンサートの開演時間は、週末は午後6時とか6時半、平日は午後7時である。これは平日は仕事があるので、なるべく遅く開演する、という配慮に基づくものだと思う。

ところが、この中島みゆきのコンサートは、平日にも関わらず、午後6時半開演である。多分、観客の大半が家庭を持ち、中には主婦業を半ば放棄してきている者も多いからではないだろうか。なるべく早くやって、早く終わらせて、家庭に帰してあげようという気持ちの表れか。というわけで、私は仕事場が遠いので、午後5時の終業もそこそこに急いで会場である有楽町の東京国際フォーラムに駆けつけた。電車の乗り継ぎがよく、予定よりも早く着いた。

客層は、私がよくいくロックのコンサートとはまるで違う。おじさん、おばさんばかりである。そして、マナーが悪い。

ロックコンサートというと、髪の毛の長い恐そうなお兄さんばかりだという印象があるが、実際には礼儀正しい人が多く、実は女性も多い。コンサートが始まれば、狂ったように暴れるが、それまでは上品なものである。

しかし、今日の客はおじさん、おばさんばかりだが、列の順番は守らない、カメラチェックに協力しない、など、酷いものだ。そして、ちょっと頭のおかしい人もいるようだ。ぶつぶつとしゃべりながら、歩いている人が結構、いる。こういう人たちのせいで、世間が中島みゆきを誤解してしまうことになっているのではないだろうか。

席は37列目であった。この会場はかなり大きいが、横に広いので、後ろの方の席でも、ステージから遠いという印象はそれほどない。前の席に座っている人はパンフレットを購入したらしく、それを読んでいた。私はそれを後ろから覗き込む。なにやら曲のリストが書いてある。何と、曲順表がパンフレットに記載されているのである。これはロックのコンサートではあり得ない。演奏者はある程度の順番を決めておくが、その時の気分次第で、曲順を変える。実際にはそうでなくても、観客はそう思っている。そのため「あの曲は演奏してくれるだろうか」という期待と不安で、コンサートを迎える。中島みゆきはそうではないようだ。最初の曲が「あした」となっているのだけを確認して、私は目をそらした。

とにかく、客は静か。席に座って動こうともしない。そのため、開演時間を過ぎて出演者が出てこないと、待たされているという気になる。しばらくして、やっと中島みゆきが登場。プログラム通り、「あした」という曲からスタート。やはり私の思ったとおりであった(入場時には気が付かなかったが、終演後、会場の柱をよく見ると、曲順表が貼りだしてあった)。

よく中島みゆきは、松任谷由実と比較される。同じシンガーソングライター。年代も近い。中島みゆきは1952年(辰年)生まれ。今年、49歳になった。松任谷由実は1954年(午年)生まれの47歳。以前、松任谷由実のコンサートに行ったときは、彼女が登場したときに、生で見ていることに対して感動したが、今回の中島みゆきの場合は、そうではなかった。歌とその声に感動した。独特のビブラートのかかった声を聴いて、これは凄い歌手だと改めて感じた。声の存在感があった。中島みゆきの歌は、やはりこの声でないとダメなのだ。

NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」の主題歌である「地上の星」を歌ったことで、中島みゆきは今年、注目された。「プロジェクトX」は、戦後の日本の復興に関わった、無名の技術者に光を当てた番組だ。エンジンの開発者、宮大工など、いろいろな人が登場している。実は去年から、この番組は始まっていて、この主題歌も去年、発表されている。しかし、人気が出たのは今年になってからだ。じわじわと広まったという感じだ。中高年のおじさんたちは、この歌を聴いただけで、番組の情景を思い出して、泣き出してしまうらしい。それで、紅白歌合戦出演の打診があったそうだが、これを断ったという。残念なことだ。

感動の中で始まった今日のコンサート。困ったことに、私の右後方に変な客がいた。ぶつぶつ独り言をいう変な客がいると先ほど書いたが、この客もその1人だ。コンサートが始まったところで「な、か、じ、ま、さあん」と変な抑揚でかけ声をかけていた。これだけならばよくいる客だが、人間というのは不思議な感覚を持っていて、理由がはっきりしなくても「こいつ、おかしいぞ」と感じるものだ。私はその時、おかしいと感じていた。

この客、曲の間にまた騒ぎ出した。「だったら、ルツコみたいに???(意味不明)しろよ」などといって、訳が分からない。ルツコというのは、フォークシンガーの本田路津子のことだろう。かなりマニアックなファンだ。それとも、中島みゆきファンはみな、本田路津子のことを知っているのだろうか。後で知ったのだが、彼のすぐ前の席の二人の客は、彼が騒ぎ始めるとすぐに席を立ってどこかにいってしまったらしい。私は、もう少し様子を見て、うるさいようだったら、注意しようと思っていた。それまでは、無視することにした。この男、なおも訳の分からないことをいう。曲が終わると「中島さん、質問があります」などという。聞こえるわけないだろう。それでも、何を訊きたいのか興味があったのだが、ついに係員がきて、取り押さえられていた。「しゃべってないですよ」などといっている。ずいぶん、長く説得されていた。そのうち静かになって、いつの間にかいなくなっていた。連れ去られたらしい。「もっとよい席をご用意します」なんていわれて、別室に連れていかれ、リンチされているかもしれない。

やはり、おかしな客がいるぞ、このコンサートは。

昔の曲も演ったが、大半は、最近の曲で、やはり感動するのは昔の曲だというのは、どのコンサートでも同じ。開演前に、客に一言を紙に書かせ、それをコンサートの最中に読み上げるという企画があった。歌っている間に、裏で放送作家が3人で、一言から、面白そうなのを選んでおく。そのために3人、ツアーに同行しているらしい。ラジオ番組みたいでなかなか面白い企画であった。

午後9時頃、終わり。演奏曲順が決まっているのだから、アンコールも意味がない。さっと客電がついてお終い。2時間半は、思ったよりも長かった(これは「感じたよりも実際の時間が長くてあっという間だった」という意味ではなく、「2時間くらいで終わると思っていたのに2時間半もやった」という意味)。
レポート | comments (0) | trackbacks (1)

プロ野球-千葉ロッテマリーンズ対日本ハムファイターズ

例によって、幕張メッセの駐車場から球場に向かう陸橋の上にダフ屋がいて、そこで券を買った。今回は1枚1200円だった。
プロ野球のチーム名を略すときは、たとえば中日ドラゴンズならば「中日」あるいは「ドラゴンズ」となる。ヤクルトスワローズだと「ヤクルト」。千葉ロッテマリーンズだと「千葉ロッテ」、大阪近鉄バファローズだと「大阪近鉄」となる。「千葉にあるロッテという会社」「大阪にある近鉄という会社」ということだ。この伝でいくと、日本ハムファイターズは「日本ハム」となるため、「日本にあるハムという会社」という意味だ。などということを考えながら、試合を見ていた。
マリーンズの先発は小野。ファイターズは中村という新人。よく知らないピッチャーだから、マリーンズの楽勝だ、と思った。しかし、この新人。先日、デビュー戦でいきなり完封したらしい。これはあとで知った。
今日は肌寒いのでビールは2杯だけ。大抵は4杯以上飲むのだから、かなり少ない。ビールの売り子も今日は売り上げが少ないので泣いているだろう。なお、1杯600円。
試合はマリーンズが完全に押さえ込まれ、完封された。この新人は2試合連続完封というわけだ。
マリーンズはファイターズ相手のこの3連戦。昨日も負けているので2連敗。明日は黒木だ(結局、この試合も負けて3連敗)。
取材:2001年6月23日
レポート | comments (0) | trackbacks (0)

コンサート-人間椅子

東京・渋谷のライブハウス、オンエアウェストには何度もいっているので道を覚えている、はずであった。
開演時間である午後7時まであと20分。私は渋谷駅に着いた。余裕で間に合う時刻である。ところが、道を覚えていないどころか、駅のどちら側に出たのかが分からなかった。以前、青山で友人の結婚式があったときも、渋谷から逆側に出て大遅刻をしたことがある。とにかく渋谷は分かりにくい。
しかし、奇跡的に目的方向である道玄坂の方に出ることができた。ここまで来れば大丈夫、と歩き出したが、目的地は道玄坂からラブホテル街の方に入らなければならない。どこを曲がるのか。忘れていた。
「でび」というラーメン屋があった。トンネルズの番組の企画で開かれた店だったと思う。腹が減っていたので食べたかったが遅れるといやなので辞めた。この時点ではまだ道に迷ったという意識はない。
理由もなく、そのラーメン屋のある路地からラブホテル街の方に入る。まったく、記憶にない場所に出た。完全に迷った。道玄坂に戻っても、道を思い出す保証はないので、戻らずに進むことにした。さらに迷った。車が通れないような細い道に出た。駄目だ。あと15分。さっきまでは余裕だと思っていたのにたった5分で状況が変わってしまった。
目印となる建物はない。周りはラブホテルばかりで特徴がない。しかし、無理矢理歩いていくと、黄色い大きな四角い建物が目に付いた。オンエアウェストではないかもしれないが、ライブハウスか何かであろうと直感した。いってみると、それはオンエアイーストであった。そのイーストの向かいがウェストである。間に合った。
人間椅子のライブである。階段を上がり、会場に入ると、もうほとんど一杯であった。3,500円の入場料の他に500円のドリンク料をとられる。私は禁酒をしていたが(3日目)、500円でオレンジジュースを飲むのは馬鹿馬鹿しいのでビールにした。普段、発泡酒ばかりなので、久しぶりに飲む本物のビールは美味かった。
ほぼ予定通り開演。ベースの鈴木は和服。ギターの和嶋は宇宙服。ヘルメットもかぶっていたので、かなり暑そうだ。背中にはアンテナの延びたランドセルのようなもの。これはあとで紹介があったが、ギターの無線機が入っていたらしい。
彼らのライブは演奏もいいが、話が面白い。特に鈴木は東北訛り丸出しでしゃべる。今回のライブは「木曜スペシャル」と題されている。単に今日が木曜日だから、ということらしい。それで和嶋は宇宙人の格好をしている。
2時間後、彼らの「サバス・ブラッディ・サバス」からブラック・サバスの「ブラック・サバス」へのメドレーで終了。アンコールは2回。
彼らのライブは3度目だが、毎回、満足させてくれる。9月にニューアルバムが出るらしいので、楽しみだ。ただし、今回のライブで披露された新曲2曲(「さよならの向こう側」「インベーダー」)の出来はいまいち。
取材:2001年6月14日
レポート | comments (0) | trackbacks (0)

コンサート-AC/DC

午後5時半頃に仕事を終え、駅に向かう途中で、Y氏に電話をしました。今日のコンサートは横浜アリーナで、6時開場、7時開演です。Y氏は何ともう会場に着いているとのことでした。6時開演だと勘違いしていたようです。あまりコンサートに行ったことがないので、月曜日という平日のコンサートがそんな早く開演してしまうことはないことを知らなかったようです。会場のそばの時間貸しの駐車場に入れたので、1時間分、無駄に料金を払うことになりました。「あと50分くらいかかるよ」というとかなり落胆していましたが、仕方がありません。
横浜線に乗り、町田から新横浜に向かいます。新横浜は横浜という名前が付いていながら、かなり陸地にあります。確か、横浜から駅3つ分くらいのところにあります。新幹線が停まることと、ラーメン博物館があること、そして横浜アリーナがあること、が特徴です。横浜線はちょうど帰宅の時間に当たるというのに、あまり人が乗っていませんでした。
6時半くらいに新横浜に着きました。横浜アリーナがどこにあるか、知りませんでしたが、人がぞろぞろと歩いているので、その流れに身を任せます。駅では「本日は1万人のコンサートが開催されますので、帰りのキップを買ってから、お出かけください」などとアナウンスをしていました。また、イオカードも売っていました。私は元々、イオカードを持っていましたので、関係ありません。イオカードはそれを自動改札に入れると勝手に切符代を精算してくれるという便利なものです。最近はパスネットカードというのもあって、これは各私鉄と地下鉄に対応しているというもの。乗り換えは意外に不便でしたが、このパスネットがあれば、勝手に精算してくれるので、非常に便利です。早くイオカードとパスネットカードが統合されればよいと思います。
さて、横浜アリーナに着いて、携帯電話をかけてY氏を捜します。すぐに見つかりました。今日は4人でこのコンサートを見ます。あとの2人、T氏とO氏ももうすぐ着くようです。O氏は普通に電車に乗ると間に合いそうにないので、東京から新幹線で来るそうです。とりあえず、Y氏と私は先に会場内に入ることにしました。
横浜アリーナは楕円形の建物で、アリーナ席、1階席、2階席とあります。私たちの席はステージに向かって左手の1階席。意外にステージに近い席でした。席は、可動式らしく、コンサートの時に設置されるようで、足下に透き間があいています。サーカスの階段席のようです。この透き間から物を落とすと、次にこの席を解体するときまで、物を取れないらしく、気を付けろとアナウンスが流れています。ステージの中央から客席に向けて花道が設けられていて、その先端は丸い小さなステージになっています。その情報にはAC/DCと書かれたベルがぶら下げられています。
私たちの前の席には体重150キロくらいの白人男性が座っています。ちょうど両側の席が空いているので、私は自分の体格に合わせて両側の席のチケットも買ったのかと思いました。その白人男性の左一つ開けた隣りも体格のいい男性。そして私の左隣に若い女性がきて「ずっといますか」と私に声をかけます。「1階表に槙原がめった打ちを食らったときはすぐに帰ったけど、コンサートに来てすぐに帰る客はないだろう」と皮肉をいってやろうかと思いましたが、どうやら荷物を席に置いておくので見ていてほしい、とのこと。責任は取らないよ、といって承知しました。そのうち、O氏とT氏もやってきました。どうやら、早速、足下の隙間から携帯電話か何かを落とした客がいたそうです。だんだん席が埋まってきました。右前方にサラリーマン風の中年男性がコートと上着を脱いで、仏頂面をして腕を組んで立っています。そして、遅れてやってくる客をにらみつけています。彼は生粋のファンなのです。自分が敬愛するバンドのコンサートに遅れてやってくるとは何事か、という雰囲気です。
AC/DC。今日は、このオーストラリアのロック・バンドが19年ぶりに来日して演奏をするのです。仏頂面のサラリーマンが特別な思い入れを持っているのは想像に難くありません。ひょっとしたら19年前に彼らの演奏を見ている人なのかもしれないのです。
前の席の白人男性は、席に座っておとなしく身を乗り出して客席の様子を見ています。ベルトをしていないので、ジーンズからお尻が丸見えです。そのうち、前の方におとなしそうな女性がやってきて席を探しています。チケットを見ながら、席を数えていくと、あらあら、巨漢の白人男性の隣です。あからさまに、困っちゃったなあ、という顔を見せながらも、その席に座りました。その巨漢は両方の席を買い占めていたわけではなかったようです。
開演予定時刻を15分ほど過ぎたところで、会場が暗転、コンサートが始まりました。会場はすさまじい熱気です。
私は、実は彼らのファンではないので、曲もよく知らないのです。一応、最新アルバムは買ってよく聴いたのですが、そのアルバムからは1曲しか演奏しませんでした。しかし、楽しめました。元々、彼らの曲は構成が凝っているわけでもなく、ただひたすら押しまくるといった感じで、体が勝手に動きます。
さて、彼らのコンサートには、定番があります。ギタリストであるアンガス・ヤングのストリップです。最初に登場するときは半ズボンをはき、シャツにネクタイを締めて上着を着ています。ステージ後方には、スクリーンが設置され、バンドのアップ映像を映しだしているのですが、アンガス・ヤングは、病気じゃないかと思うほど、汗をかいています。穴が3個あいたネルドリップのコーヒーみたいにだらだらと汗が流れ落ちています。コンサートの中盤に彼のギターソロのコーナーがあるのですが、やがて彼は演奏しなくなり、上着を脱ぎネクタイを外し、シャツを脱ぎます。最後に客席にお尻を向けて、ズボンを下ろすのですが、今回はお尻は見せず、AC/DCと書かれたパンツを見せました。別に見たくはないのですが、定番ですので、見ないとまた期待はずれのような気もします。
その他には、「ヘルズ・ベルズ」という曲ではボーカルがベルからぶら下がった紐につかまって空中高く引き上げられたり、巨大なアンガス像が登場したり、「ホール・ロッタ・ロージー」という曲ではロージーという名前の巨大な風船人形が登場したり、仕掛けが盛りだくさんです。終盤では、大砲が登場し、曲に合わせて、バンバンと爆発音を出します。私は何度かハード・ロックのコンサートを見ましたが、こんなに派手に火薬が使われたのを見るのは初めてです。東京の会場でコンサートをやらなかったのは、この火薬の許可が出なかったからではないでしょうか。火柱が上がると、客席の方まで熱気が届きました。最後には大量の紙吹雪が舞い、それがまだ舞っているうちにコンサートは終わりました。
非常に楽しめました。もし、次に来日することがあれば、是非、また見に行きたいと思います。
取材:2001年2月19日
レポート | comments (0) | trackbacks (0)

コンサート-井上陽水

井上陽水のコンサートに行って来ました。
前回に引き続き、2回目です。会場は、渋谷公会堂。かつて、ドリフターズ(もちろん日本の)が「全員集合」で公開生放送をしていた会場です。
井上陽水
渋谷公会堂
2000年12月13日(水)
18:00開場 18:30開演
\6,825(税込み) A席2階18列39番

何度か、コンサートには行きましたが、いつもS席で、A席は初めてです。2階席の半分から後ろがA席になっているようですが、もう2階席ならば、どこも同じような気がします。ちなみに、S席は1000円割高。
開演時間は平日にしては早く6時半。10分ほど回ったところで、メンバーと井上陽水が登場。
今回の選曲は全体的にマニアックでした。聴いたことはあるけれど、タイトルが思い浮かばないという曲ばかり。私の場合、80年代後半の曲が苦手なので、多分その時期の曲でしょう。前回は演奏曲のタイトルがほとんどすべて分かったのに比べると、かなり違った感じです。途中、聴いたことのないイントロが流れて、おや、と思いましたが、それは「コーヒー・ルンバ」でした。続いて、またしても知らないイントロ、今度は「星のフラメンコ」。私の印象では、一番、会場が盛り上がったのは、この曲でした。なお、観客は、最初から最後まで、席に着いたままでした。
メンバーは、まず中央手前に陽水。左からキーボード、ベース、ドラムス、ギター(女性)、ギター。ギターの後ろに、サックス(とフルート)、トロンボーン、トランペット。合計で9人でした。
7時55分頃、演奏が終了しました。正味、1時間15分しか演奏していません。まさか、もう終わりではあるまいと思っていたら、Tシャツに着替えた陽水が再登場しました。それから、30分ほど演奏し、もう一度アンコールがあって、8時半頃、すべての演奏が終了しました。
今回の選曲はかなりマニアックだったところが、不満ですが、陽水の歌の上手さが確認できて、その点は素晴らしかったですし、特に他人の歌でも陽水節にしてしまうところが、すごいと感じました。また、陽水は大きく歌い上げて感動させるタイプではない、というところにも気付きました。
レポート | comments (0) | trackbacks (0)

コンサート-アイアン・メイデン

お台場というのは、地名なのか、何なのか、よく分かりませんが、最近、いろいろなものができているようです。ピラミッドを逆さにしたような展示場や、テレビ局など。ここに行くためには、ゆりかもめという無人列車に乗らなければなりません。自動車で行く方が便利でしょう。駐車場は、1日1500円という値段。安いような気もしますが、幕張メッセの駐車場は1日700円ですから、実は割高。
というわけで、平成12年10月29日の日曜日、アイアン・メイデンの再追加公演に行って来ました。場所はお台場にある、ゼップ東京というところ。車で早めに行って、まわりの様子を見てみようと、張り切って出かけたのですが、マクドナルドでハンバーガーを買ったり、コンビニエンスストアでビールを買ったりしていたら、お台場に着いたのは午後4時頃でした。それでも充分、時間はあるや、とぷらぷらしていたところ、開演時間が午後5時であることにやっと気付いたのでした。午後5時!早すぎる。まだ、明るい。日曜日のコンサートは、会社勤めの帰りの人が少ないので、開演時間が早いのですね。「笑点」の放送時間が意外に早いのと一緒ですね。
で、4時40分頃、ゼップ東京に入ります。ポケットにはコンビニエンスストアで買った、ワンカップ(日本酒)を忍ばせてあります。場内は人だかり。全席立見(オールスタンディング)ですので、荷物はコインロッカーに入れます。300円也。で、ロッカーの前で、ワンカップをあけて飲むわけです。いやあ、なかなかアウトローであります。
会場に入ります。チケットにあらかじめ書かれたブロックに入ります。Aブロック、最前です。外は寒かったのですが、中は熱気がすごく、これは暑くなりそう。それほど広くはありませんが、天井が高いので、それほど圧迫感はありません。2階席もあります。
今回のツアーはアルバム「ブレイヴ・ニュー・ワールド」に伴うツアーで、ブルース・ディッキンソンとエイドリアン・スミスが戻り、6人編成となった新生アイアン・メイデンの姿を見ることができます。そして、今日は日本公演の最終日となっています。
午後5時を少し回った頃、ニュー・アルバムの冒頭を飾った"ザ・ウィッカー・マン"でライヴが始まりました。私たちは、Aブロックの右側に陣取っていました。ヤニック・ガーズがその目の前にいます。エイドリアン・スミスとデイヴ・マーレイは左側。となると、スティーヴ・ハリスは右側かと思うのですが、結構、左側にいる時間が長かったように思います。あるいはドラムの前で後ろ向きになっていたり。ライヴはニュー・アルバムからの曲を中心に、徐々に過去のヒット曲を織り交ぜながら進行していきます。
観客の盛り上がりもかなりのもので、さすがに立見のライヴは観客の勢いに圧倒されます。私は人と触れ合うのが嫌なので、後ろの方にいたのですが、私の前にいた男があまりに暴れ回るので、ひじ打ちを入れたくなりました。そんなに興奮しているなら、もっと前に行けばいいのに。
アイアン・メイデンのライヴは何回か見たことがありますが、今回、気になったのは、観客のジャンプです。以前、クラブチッタ川崎の周辺の住民が「振動がうるさい」と文句をいったことがあります。それでやり玉に挙げられたのがヘヴィ・メタルなのですが、伊藤政則が「ヘヴィ・メタルの観客は足を地に付けて体を動かしているだけだから振動は起きない」といっていました。私もそう思います。振動は、当時、観客がピョンピョン跳ねているライヴがあったのが原因だったのでしょう。ところが、今回のアイアン・メイデンのファンはピョンピョン跳ねています。スティーヴ・ハリスもピョンピョン跳ねています(しかも、FILAか何かの半ズボンをはいて)。ヤニック・ガーズに至ってはスキップしています。時代は変わるものです。
ステージはかなりシンプル。中央にドラムセット。その両側にお立ち台。ブルース・ディッキンソンは、猿に似ているからか、高いところが好きなので、ライヴの後半は、ステージより、そのお立ち台に載っかって歌っている時間の方が長かったようです。相変わらず、アクションが変です。アンコールを1回やって、7時過ぎにはライヴが終わっていました。早いなあ。
取材:2000年10月29日
レポート | comments (0) | trackbacks (0)

イベント-日本フラワー&ガーデンショウ

今、「ガーデニング」がブームだそうです。この言葉は、日本語の辞書にはまだ、載っていません。英語の辞書には「園芸」と載っています。単に、花を育てるだけではなく、庭いじりがブームだというのでしょうか。
さて、この状況を調べるため、幕張メッセ(日本コンベンションセンター)の5・6番ホールで開かれた「日本フラワー&ガーデンショウ」に行って来ました。

  • 主催 社団法人日本家庭園芸普及協会
  • 後援 農林水産省、建設省、都市基盤整備公団、住宅金融公庫、日本貿易振興会、NHK出版、ニッポン放送、日本経済新聞社
  • 併催 第25回フラワー資材総合見本市

メッセの駐車場に車を停め、会場に向かう通路を歩いていると、やはりダフ屋がいました。おそらく、タダ券がばらまかれているところを、定価より安く、売ろうとしているのでしょう。得でしょうが、やめました。
さて、入り口に着いて、入場券を買います。700円(中学生以下は無料)でした。開催は3月の24日から26日までの3日間なのですが、この入場券の半券を持っていれば、この期間中、再入場が可能だというのです。さっきのダフ屋は、会場から出てきた客から半券を集めて、これを売るわけです。小学生でもできますね。せこすぎますね。
会場は、1ブロックだけでした。パソコンのショーなどでは3ブロック(6ホール分)くらいで開催しているようなので、規模としては、比較的小さいです。それでも、実際に歩き回ったら、かなりの広さでした。人もたくさんいました。客層は、年齢の高い人が多いです。それも特におばさん。若い人もいましたが、少数派です。
出展は、サカタやタキイなど苗のメーカーや、肥料・消毒などのメーカーなどが中心で、それぞれ、新製品(花だから新種)を展示したり、即売したりしています。キリンビールも出展していました。ビールの原料を作るためのバイオ技術が花作りにも生かされているようです。
体験コーナーもいくつかありました。面白いのが一つあったので、ずっと見ていたのですが、おばさんは人の話を聞かないですね。どうやら300円払うと、鉢、土、肥料、苗をもらうことができて、それの植え方の指導が受けられるというもの。10人くらいのおばさんが並んで、講師の言うとおりに苗を植えるのですが、おばさんは説明がある前に勝手に土を入れて、苗を植え終わっちゃっている。肥料なんてスコップ、1杯分くらい入れている。本当は、スプーン1杯半でいいのに。家電メーカーなどはクレーム対応が大変だと言いますが、おばさんたちのこの様子を見ていると、同情します。説明書なんて読まないんだろうなあ。講師の人も、誰も話を聞かないものだから、終いには、熱心に聞いている私の方を見て、説明をする始末。
さて、アイデア商品もいくつかあって、楽しみながら、3時間くらいかけて、会場をすべて回りました。
ガーデニングとは言いながら、実際に広い庭を持った家に住んでいる人は少ないらしく、壁に掛けられる「土」だとか、ベランダが汚れない「土」だとか、そういうものがたくさんありました。あとは、普通の鉢植えや苗など。でもこれは町中のDIYショップの方が安いかもしれません。このことは、係員の人も小さな声で言っていました。
なぜかペルシャ絨毯が売られていました。百万単位の絨毯が展示されていて、驚いたのですが、十万単位の絨毯も結構、売れていて、「○○様売約済」の札がいくつもぶら下がっていました。たぶん「サクラ」でしょう。数万単位の絨毯(玄関マット)を買って帰りました。
取材:2000年3月25日
レポート | comments (0) | trackbacks (0)

コンサート-ブライアン・セッツァー・オーケストラ

その前の土曜日、私の家で、ある打ち合わせがありました。そのとき、T君が「チケットがあるから行こう」と誘ったのがこのコンサートです。ブライアン・セッツァー。その名前だけは聞いたことがありました。
11月1日の月曜日。6時半頃、新宿のオフィスを出ました。中央線快速に乗ると、中野駅は次の駅。すぐに着いてしまいました。私はハード・ロック、ヘヴィ・メタルのコンサートにはよく行きますが、それとは、かなり客層が違います。ハード・ロックの場合は長髪の人が多いのですが、ここはリーゼントです。リーゼント!怖いですね。早めに席に着いて本を読んで時間を潰していたのですが、落ち着きませんでした。開演の7時直前になって、やっと、T君、O君たちがやってきました。
予定の時間を少し回ったとき、コンサートが始まりました。緞帳が上がると、ブラスがずらっと並んでいました。普通、コンサートでは緞帳は最初から上がっています。緞帳が降りていたのはこのためでした。ドラムが中央後方に、ベース(ウッドベース)がその左。ステージの左手前にサックスが5人、右手前にトロンボーンが4人、その後列にトランペットが4人。壮観です。
やがて、ブライアン・セッツァーが登場。ギター兼ボーカルです。最初のうち、手が動いていませんでしたが、徐々に調子を上げてきました。しかし、私の聴いたことがないジャンルの音楽です。プレイスタイルも、私の知っているハード・ロックのギタリスト達とは全く違いました。しかし、上手いです。
コンサートは約1時間半で終了。少し物足りない気もしましたが、もうこれで充分という気もしました。やはり聴いたことのない曲ばかりだと疲れます。
中野駅のそばの串焼き屋で飲んでから帰りました。帰ってからラーメンを食べに行きました。
取材:1999年11月1日
レポート | comments (0) | trackbacks (0)

スポーツ-村上のバッティングセンター

今年は体育の日の翌日が休日ということで、世のお父さん、お母さんは「今年は楽でいいね」と喜んでいたそうで。
10月11日、体育の振替休日に、Y君とバッティングセンターに行きました。あえて、連休の最終日に身体をいじめにいくという、自殺行為と言ってよいでしょう。
さて、私たちが行った村上のバッティングセンター。村上というのは、国道16号沿いにある田舎町。しかし、最近は地下鉄の東西線から延びた線路がこの町まで来ているということで、新興住宅街として急速に発展しています。

ところが、村上のバッティングセンターは昔からあるので、ぼろい。新興とは言えません。
1200円で4ゲーム分の専用コインをくれます。1ゲーム分サービスしてくれますので、計5枚。だったら最初から1200円で5ゲームとすればいいのに、ここが奥ゆかしいところ。昔からこのシステムです。
昔、履歴書の趣味の欄に(そんなのあったか)、「バッティングセンター」と書いたことを思い出します。「ボーリング」ではなく「ボーリング場」と言うような奇妙な趣味です。
そのころ、つまり10年ほど前は、よく行っていたのです。この頃から、すでに1200円で4枚(1枚サービス)というシステムだったように思います。
ストラックアウトというゲームをご存じでしょうか。ストライクゾーンに並んだ9枚の的をボール12球で落とすというものです。
このバッティングセンターに、このゲームがありました。1回300円。肩が抜けるほど痛い思いをして挑戦したのですが、3枚が限度でした。
私のいた野球チームが弱かったはずです、私がピッチャーなんですから。でも、ミリ単位のコントロールを誇った、江夏もテレビ番組で挑戦したときには確か3枚でした。覚醒剤、ばんばん、打っていた頃です。
バッティングは4回分やりました。バッティングセンターに行っても、結果は出ません。勝ったとか負けたとか、何球ホームランだったとか、そんなものはありません。ただ、疲れた、ということだけ。
左掌にまめを作って家路につきました。
筋肉痛が翌々日に出ると、年をとった証拠とよく言います。私は翌日に筋肉痛になりました。「まだまだ若いぞ」と余裕の笑み。
翌々日の明け方、寝返りをうったとき、ぎっくり腰になりました。
文字通り、自殺行為でありました!
レポート | comments (0) | trackbacks (0)
1/2 >>

©1995-2006stabucky.com